無事高校生になったものの ますますパワーアップする反抗期と闘ってます
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孤独死
2010-01-22 Fri 01:31
仕事はじめの日、朝イチ電話が鳴った。
よくお客さんを紹介してくれてるNさんからの電話だった。

「T(2年ほど前にNさんがある組織を通じて紹介してくれて契約した人)が2日以降連絡とれんからカギ開けてくれへんか。」
とのことだった。

一瞬私は「ぇ…やばぃんちゃうん。。」と思ったけど、Nさんは
「アイツどっか遊びに行ってるんかな、いつも頼んでるヘルパーさんにも年明けから15日くらいまで来なくていいって言ってたみたいやわ。まぁ。。大丈夫やと思うけど。。。念のためと思ってな。。」
と言っていた。

こういう時(安否確認)はいつも、何かあったらこまるので警察に立ち会ってもらうのだけど、
Nさんも家主も、何ともなかったら大げさになるから、、との強い希望で、
Nさんも信頼できる人だし警察にも後でちゃんと話をしてくれる人なので、
Nさんと二人でマンションに行った。

私はこの業界に、気付くともう20年いるが、その間安否確認は数知れず、その中で亡くなってたのは、1…2…3…そう、過去3人。
私はNさんに言われたとおり、1階に車をとめて待っていた、どうか生きていてと祈りながら。



Tさんは1Kの居室に倒れて亡くなっていた。
天涯孤独な彼が、電話を握りしめて亡くなっていた。



「多分、苦しくなって、ワシに必死に電話かけようとしてたんやと思うわ。。。」Nさんが言った。


お医者さんから呑んじゃだめって言われてたのに。。。ビールの缶が山積みになってたらしい。
よく隠れて呑んで、ヘルパーさんに怒られてたのはNさんから以前から聞いていた。
あまり文句を言ったりする人じゃないけど、1度だけ
ヘルパーさんのご飯がレトルトと冷食が多くてどうしても口に合わないと言ってたらしい。
お正月くらいは、誰にも何も言われず、
美味しいものをいっぱい食べて、お酒もいっぱい呑みたかったのかな。
もしそうだったとしたら。。。本望だったんだろうか。

Tさんの生い立ちを以前聞いたことがあるけど、
ほんと。。壮絶で孤独な人生だった。
しかもこんな亡くなり方をして最期を迎えるなんて、寂しすぎる。

でもこれがこの人の運命だったのかな。



結局、救急車と警察を呼んで、事情を説明し、病死とすぐわかったらしく
遺体は警察が運んで司法解剖もしないまま3日後、メモリアルホールに一晩安置、次の日の昼、斎場に行った。




Nさんは、「あいつと出会ったのも何かの縁やし、何か憎まれへんヤツやったしな、最後の最後まで世話やかせよって。。。
でもひとりぼっちは、なんぼ言うても可哀想やんか、ワシ斎場行ってくるわ」そう言った。




通常は契約が終わって鍵を渡せば、何かない限りはあまり会うこともない。
が、Tさんとは何度も顔を合わせていた。
トイレに菓子袋などを流して(今思えば酔ってやったんだと思う)つまらせて、
水漏れさせてしまい、これを2回もして、、、
修理費用が保険で賄いきれず負担分を分割で払っていたためである。
ほんと世話のやける、厄介な人だったけど、何かほっとけない人だった。



「Nさん、ウチも行きますわ。ひとりでも多いほうがいいでしょ?」

斎場に向かって車を走らせ、斎場に到着、間もなくTさんも到着、
大きな斎場なので、次から次へと霊柩車がくる。
たくさんの家族に見守られながらゆく人。
数人に見送られてゆく人、
全く誰もいないので、葬儀屋さんが手を合わせていくとこもあった。

私とNさんは並んで手を合わせた。


ブーとブザーが鳴って、大きく分厚い扉がゆっくり閉まると、さよならなんだよね、あっけなかった。
Nさんは少し泣いていた。


さよならTさん。
もう好きなだけ酒のんだらええ。






部屋の片づけ、処分、明け渡しまでNさんがしてくれて、
やっと最近一段落しました。
今はきれいにリフォーム中です。






大阪から田舎へ帰ったばかりの母のことが気になってすぐ連絡をした。
元気だった。よかった。



「生きてるかぁ~」「生きてるでぇ~」こんなメールのやりとりでも一安心する。
でもたまに母と連絡がつかないときは、いつも焦って泣きそうになる。

母は超がつくほどそそっかしい(このDNAは残念ながら私は多少譲り受けているようだ;;)ので、
よく携帯を忘れたり、音を切りっぱなしにしてたりするので(怒)

私が電話にでないと心配してかなり怒るくせして、自分が出ないときは「あらごめ~ん」で、終わるのだ(苦笑)




祖母と母と私とjrと。。いつか皆お別れのときがくるけれど、
それまで、少しでも長く、一日一日を大事に、生きていきたいね。




私は、jrがいてよかった。





来週は実力テストだわ、ガンバレ。

SN3I0402.jpg














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この記事のコメント
no.56:おはようございます
ほんとだわ。。私もとりあえず息子がいるから、家族葬なり多少恰好はどうにかつくだろうけど。。。。息子がいなかったら、同じです。

自分は死んでしまうから分からないと言えば分らないのだけど、死んで他人に同情されるのも何だか。。
 
職業柄、仕方ない事であるけれど・・ちょっとショックだよね。
私、まだそういう光景を見た事がないので、最初に発見するってどんなショックかなぁと思います。
 
ところで、こういう場合は斎場への代金は、どうなるのでしょうか?
誰が支払うのでしょうか?
2010-01-22 Fri 10:44 | URL | sake #-[ 内容変更]
no.57:
孤独死って・・・
残された周りの人も、なんとも辛くなりますね。
亡くなる本人も寂しいかな?
独りで、だれにも看取られることもなく逝かなければならないとわかった時
やっぱり寂しいって思いますよね。

お母様は独り暮らしなんですか?
私の両親は、二人だけで暮らしていますが、老いた二人なので
独居老人ではないけど、連絡が取れなかったりするとやはり心配になります。
私自信が老いた時のことを想像して・・・
息子たちに心配をかけずに、負担にならないように暮らすには
どうしたらいいだろうかって思います。

じゅちろうさん、大変でしたね。
お疲れさまでした。
2010-01-22 Fri 20:04 | URL | うさぎ #3gnf69lI[ 内容変更]
no.58:>sakeさん
そうですね、
けっこうこの仕事は様々な人間ドラマが垣間見える、そんな気がします。

こういう事があると特に、色々考えさせられます。
勿論ショックでもあるけど、重く切ない気持ちになりますね。
子供のこと、親のこと、自分のこと。。考えます。


ところで葬儀代ですが、身寄りのない方で預貯金もない方、生活保護の方等は、葬祭扶助費が出ます。
大阪は(今調べてみたら)20万くらい出るそうです。
地域によって違うようですが。

でもそういえば、Nさんが言うには、遺体のそばにあった財布に20万弱ほど入っていたようです、警察は中身をちらっと見て遺体と一緒に持って行ったそうです。
そのお金はどこに…?


葬祭扶助費の一部に当然充てられてるとは思うけど。。
それならいいんだけどね。
2010-01-22 Fri 21:40 | URL | じゅちろう #mQop/nM.[ 内容変更]
no.59:>うさぎさん
こんばんは〜♪

そうですね、重く悲しく切ないものです。
亡くなる本人はどうだったんだろう。
その時何を思ったんだろう。
寂しかったから、不安だったから電話をかけようとしてたのかもしれませんね。。。。

私の母は7年前に父が亡くなってからは一人で生活しています。
祖母は家の近くの老人ホームにいます。
やはり住み慣れた場所がいいみたい。
離れてるので、連絡が取れないととても心配になります。
そんな心配をよそに、(趣味が色々ある人なので)お友達とあちこち飛び回ってます。

子供に負担かぁ。。勿論かけたくないけど。
100パーセントかけると思う^^;
私は面倒みてもらわなきゃ、野垂れ死にます(苦笑)

と、子供にも言うてます^^;

重いだろうけど、これが現実だもんなぁ。。

2010-01-22 Fri 21:59 | URL | じゅちろう #mQop/nM.[ 内容変更]
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